受託開発の現場において、GitHub Copilot、Cursor、Claude Code といった AI ツールの活用は急速に日常化しました。コーディングやリファクタリング、テストコードの作成において、AI による支援は開発速度と品質を底上げする強力な手段となっています。

しかし、クライアントから「開発に AI を使っていますか?」と尋ねられたとき、自信を持って提示できる明確な説明文書や合意事項を用意できているでしょうか。

受託開発における AI 利用の開示とは、受託者が開発業務において利用する AI ツールや API の通信経路・データ取り扱い方針を明文化し、顧客の機密情報やコードが学習利用・不正保管されないことを事前に合意する手続きのことです。

世の中にある AI ガバナンス関連の解説の多くは、「自社が外部の AI ベンダーを審査・評価する側」の視点で書かれています。しかし、受託開発会社やフリーランスといった「評価される受託者の側」から、AI 利用の説明責任をどう果たすべきかを具体的に言語化した手引きはほとんど見当たりません。

本記事では、受託開発における AI 利用の運用ルールを整理し、発注者が委託先へ確認すべき「チェックリスト」と、受託者がクライアントへそのまま提示できる「開示および合意書のひな形」を提供します。

なぜ従来のNDAや契約条項だけでは不十分なのか

多くの受託開発プロジェクトでは、着手前に秘密保持契約(NDA)や基本契約書が締結されます。しかし、従来の契約書の文面だけでは、生成 AI の利用に伴うリスクや懸念をカバーしきれないケースが増えています。

1. 「第三者開示禁止」との抵触リスク

一般的な NDA には「相手方の事前の承諾なく、秘密情報を第三者に開示・漏洩してはならない」という条項が含まれます。クライアントのソースコードや設計情報を外部の AI サービス(クラウド API 等)に送信する行為は、文面通りに解釈すると「第三者への開示」に形式上該当するリスクを孕んでいます。

2. 「再委託禁止」条項の解釈と発注者の不安

法務の実務上、AI ツールやクラウド API の利用は「開発補助ツール(インフラや道具)の利用」であり、人の役務提供を伴う「業務の再委託(履行代行)」には当たらないと解釈するのが一般的です。

しかし、発注者側には「AI に丸投げしてコードを書かせているのではないか」「外部の別会社に無断で再委託しているのと実質的に同じではないか」という心理的な不安が生じがちです。そのため、事前の合意文書において「外部 AI ツールの利用は業務遂行の補助(道具)であり、無断再委託には当たらないこと」を相互に確認しておくことがトラブル防止につながります。

3. 発注者が抱く3大懸念

発注者が AI 利用に対して慎重になる背景には、主に以下の3つの懸念があります。

  1. モデルの再学習: 自社のソースコードや業務データが AI モデルの学習データとして取り込まれ、将来的に他社への回答として流出しないか。
  2. ログの保管と情報漏洩: 外部の AI サーバー上にプロンプトやコードのログが長期間保管され、そこから漏洩しないか。
  3. 成果物の品質と権利: AI が生成したコードが第三者の著作権を侵害していないか、致命的なバグを含んでいないか、その責任は誰が負うのか。

これらの不安を解消するためには、受託側から先回りして具体的な技術的・契約的基準を開示することが不可欠です。

開示と合意に盛り込むべき5つの重要項目

経済産業省が策定した「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」1 は、インプット(データ入力・学習利用・秘密保持)とアウトプット(生成物の知的財産権・責任分担)の2つを事前に整理すべき論点として挙げています。JDLA のガイドライン2 も、秘密情報の入力管理と、納品物の最終品質保証を人間が行うプロセスの明文化を求めています。実務上、開示・合意に盛り込むべき項目は以下の5点に集約されます。

① モデル選定とデータ経路(Webチャットと商用APIの分離)

受託開発における最大の基本原則は、 個人向け無料 Web チャットと商用環境の厳格な分離 です。

個人向けのアカウントや無料 Web チャットは、入力したプロンプトが AI モデルの改善や再学習に利用される規約になっている場合があります。受託業務においては、入力データが学習利用されない契約的保証のある「商用 API(OpenAI API、Claude API 等)」または「組織向けプラン(GitHub Copilot Business / Enterprise、Cursor Privacy Mode 等)」のみを使用することを明確に宣言します。

② 学習利用の有無(デフォルト非学習の保証)

利用するすべての商用 AI サービスについて、「入力データ(プロンプト・ソースコード)がモデルの再学習や改善に使用されないこと」を明記します。主要な AI ベンダーは、商用 API や法人向けプランにおいて非学習を契約上保証しており、必要に応じてデータ処理追補条項(DPA)が適用される体制を開示します。

③ ログ保持期間とZero Data Retention(ZDR)

AI サーバー側でデータがどのように保持されるかを透明化します。

保持期間はサービスごとに異なります。たとえば OpenAI の商用利用では、既定で不正・悪用監視(abuse monitoring)を目的に最大30日間のログが保持されます3。これに対し、処理完了後に即時にログを破棄する Zero Data Retention(ZDR) が適用可能かどうかも重要な判断材料です。どのサービスがどちらに当たるかは、後述の比較表で整理します。

また、受託者自身のローカル端末における機密管理ルールも併せて開示します。

Note

Git 除外と AI 除外の役割の違い .gitignore は Git のバージョン管理からファイルを除外するための設定であり、AI ツールがファイルをコンテキストとして読み込むことを自動的に防ぐものではありません。AI への送信を遮断するためには、各ツール専用の除外設定(例: Cursor における .cursorignore 等)を明示的に行い、環境変数ファイル(.env)や API キー、個人情報を含むファイルを確実に保護する運用が必要です。

④ 契約上の整理(秘密保持の例外許諾と再委託の明確化)

契約書や合意書において、以下の2点を明文化します。

  • 所定のセキュリティ要件・非学習保証を満たす商用 AI サービスへのデータ送信は、秘密保持義務違反に該当しないこと。
  • AI ツールの利用は受託者の業務遂行を支援する道具の利用であり、契約上の「再委託」には該当しないこと。

⑤ 生成物の品質と責任範囲(人間のレビュー原則)

AI はあくまでエンジニアの作業を支援するツールであり、納品物の品質責任はすべて受託者(人間)が負うことを明確にします。

AI が生成したコードに対して、人間のエンジニアが要件適合性の確認、静的解析、自動テスト、セキュリティレビューを実施したうえで納品することを明記すれば、発注者は安心して開発を委託できます。

主要AIツール・環境のデータ取り扱い比較

受託開発で一般的に利用される主要ツールのプライバシー・データ保持仕様を比較すると、下表のようになります。

ツール / サービスモデル学習への利用ログ保持期間ZDR(Zero Data Retention)主な適用規約・設定
GitHub Copilot Business / Enterpriseなし(利用されない)4処理完了後に即時破棄対応(IDE 補完・チャット)GitHub Copilot Trust Center
Cursor(Privacy Mode)なし(利用されない)5プロバイダ協定に準拠(即時破棄)対応(主要プロバイダ協定)Settings > General > Privacy Mode(※要手動確認)
OpenAI API(商用利用)なし(デフォルト非学習)3最大30日(不正監視用)審査承認 / Enterprise で対応OpenAI Business Terms6
Claude API(Anthropic)なし(デフォルト非学習)7最小限(サービス提供・不正監視用)Enterprise / 特約で対応Anthropic Commercial Terms

受託開発で利用するツールは、上記のように「モデル学習への不使用」と「データ保持期間」が規約上明記された商用環境を選択することが大前提となります。なお、Cursor などの一部ツールでは、プランによって Privacy Mode の手動有効化が求められる場合があるため、組織内での設定確認手順を徹底しておく必要があります。

【実務テンプレート】発注者向けチェックリスト&受託者向け合意書ひな形

実務ですぐに活用できるよう、発注者向けの確認チェックリストと、受託者向けの合意書ひな形を用意しました。

発注者向け: 委託先へ確認すべき5つのチェックリスト

外部の開発会社やフリーランスに業務を委託する際は、以下の5項目を確認することをおすすめします。

5項目はいずれも、委託先が口頭で「満たしています」と答えられてしまう問いです。社内の法務・セキュリティ部門に説明できる状態まで持っていくには、回答とあわせて 証跡を受け取るところまで を1セットにします。各項目に「求める証跡」を添えました。

  • 1. 利用ツール: 個人向け無料 Web チャットではなく、商用 API または組織向け開発環境に限定しているか?
    • 求める証跡: 利用ツールと契約プランの一覧(例: GitHub Copilot の組織管理画面に表示されるプラン種別のスクリーンショット)
  • 2. 学習利用: 入力したコードや設計データが AI の再学習に使用されない契約・設定になっているか?
    • 求める証跡: 該当プランの規約該当箇所の提示、または AI ベンダーとの DPA・非学習特約の写し
  • 3. ログ保持: 外部サーバーおよびローカル環境でのログ保持期間・管理方針が明確になっているか?
    • 求める証跡: サービスごとの保持期間を書き出した一覧、ZDR を適用している場合はその協定・設定画面の提示
  • 4. 機密情報の除外: .cursorignore 等による除外設定や、機密情報のマスキング手順が確立されているか?
    • 求める証跡: 除外設定ファイルの現物、またはマスキング手順を記した社内規定
  • 5. 品質保証責任: AI が生成したコードに対して人間がテスト・レビューを行い、受託者が最終品質責任を負うことが明記されているか?
    • 求める証跡: レビュー体制を明記した合意書の条項、および静的解析・自動テストを通していることが分かる実行記録

受託者向け: 「受託開発におけるAI利用に関する開示および合意書」ひな形

案件開始時に、見積書や個別契約書・仕様書の付属文書としてそのまま利用できるひな形テキストです。

# 受託開発におけるAI利用に関する開示および合意書

委託者(以下「甲」という)と受託者(以下「乙」という)は、甲乙間で締結された業務委託契約(以下「基本契約」という)に基づく委託業務の遂行にあたり、乙による人工知能(以下「AI」という)支援開発ツールの利用に関して、以下の通り合意します。

### 第1条(目的および適用範囲)
本合意書は、乙が本件業務を効率的かつ高品質に遂行する目的で利用する AI ツールの選定基準、データ取り扱い、セキュリティ管理体制、および責任範囲を定めるものです。

### 第2条(利用ツールの限定)
1. 乙は、本件業務において以下の商用 AI ツール・API のみを利用するものとします。
   - GitHub Copilot(Business / Enterprise プラン)
   - Cursor(Privacy Mode 有効環境)
   - OpenAI API(商用利用環境)
   - Anthropic Claude API(商用利用環境、Claude Code 等の利用を含む)
2. 乙は、入力データが AI モデルの学習・改善に利用される可能性がある個人向け無料 Web チャットサービス等を、本件業務の遂行に利用してはならないものとします。
3. 乙が第1項に定める利用ツールを追加または変更する場合、乙は事前にその名称・契約プラン・データ取り扱い方針を書面(電子メールを含む)により甲へ通知し、甲の同意を得るものとします。ツールの一覧は本合意書の別紙として管理し、甲乙の合意により差し替えることができるものとします。

### 第3条(入力データの非学習保証)
乙は、前条に定めるツール・サービスにおいて、甲のソースコード、設計書、その他機密データが AI モデルの学習や改善に利用されない契約および設定(非学習保証)が適用されていることを保証します。

### 第4条(データ保持およびセキュリティ管理)
1. 乙は、AI ツール提供元におけるデータ保持期間(不正利用監視等の目的で保持される最大30日以内の期間、または Zero Data Retention 協定)を把握し、適切に管理します。
2. 乙は、甲の重要な機密情報(API キー、各種認証情報、個人情報等)が AI ツールに送信されないよう、`.cursorignore` 等による明示的な除外設定やマスキング処理を講じた上で作業を行います。

### 第5条(成果物の品質責任および著作権)
1. 乙は、AI ツールを利用して作成されたコードや設計について、人間のエンジニアによる動作検証、テスト、セキュリティチェックを実施し、納品物全体の品質責任を負うものとします。
2. 本件業務により完成した成果物の著作権(AI 支援により作成された部分を含む)の帰属については、基本契約の定めに従うものとします。

### 第6条(秘密保持および再委託条項との関係)
甲および乙は、本合意書に定める基準を満たした AI ツールの利用が、基本契約における秘密保持義務違反および無断再委託に該当しないことを相互に確認します。

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合意日: 202X年XX月XX日
甲(委託者): _______________________
乙(受託者): _______________________

よくある質問(FAQ)

Q. 個人向けプラン(ChatGPT Plus や GitHub Copilot Individual)を受託業務で使ってはいけませんか?

A. 原則として受託業務での利用は避けるべきです。

個人向けプランはデフォルトでデータがモデル学習に利用される場合があるだけでなく、個人のアカウント設定に依存するため、組織として「非学習設定」を一元管理・強制できません。また、企業としての監査証跡や法人向け DPA・ZDR 協定の法的手当てが受けられないため、受託業務では商用 API または Business / Enterprise プランを利用することが必須となります。

Q. AI が生成したコードの著作権は発注者に帰属しますか?

A. 人間の創作的寄与を経て完成したプログラム全体の著作権は、契約に基づき発注者に帰属します(または発注者へ譲渡されます)。

著作権法上、AI が自律的に生成したコード表現単体には人間の創作的寄与が認められず、著作権が発生しない可能性があります。しかし、実際の受託開発においては、エンジニアが要件定義、プロンプト設計、生成コードの取捨選択・修正・リファクタリング、既存モジュールとの結合といった創作的寄与を行っています。これにより、完成したプログラム全体として著作権が成立し、従来の請負・準委任契約の条項に基づき発注者に権利譲渡または利用許諾されます。

まとめ: 透明な開示がAI時代の最大の信頼になる

AI による開発支援が不可欠な時代になったからこそ、「AI を使っていることを隠す」のではなく、「どのような安全基準とルールで AI を管理・活用しているか」を透明に開示することが、受託開発における最大の信頼と差別化につながります。

発注者にとっても、明確な開示と合意文書があることで、社内法務やセキュリティ部門への説明が容易になり、安心してプロジェクトを推進できるようになります。

当社では、本記事で示した基準に基づき、データ経路・学習利用・保持期間を完全に管理した安全な AI 駆動開発を行っています。AI を活用した安全なシステム開発や、開発プロセスのモダナイゼーションについてのご相談は、コンタクトフォーム よりお気軽にお問い合わせください。

Footnotes

  1. 「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」を取りまとめました 経済産業省、2025年2月18日公表。インプット(データ入力・学習利用・秘密保持)とアウトプット(生成物の知的財産権・責任分担)を2大論点として整理し、「汎用的AIサービス利用型」「カスタマイズ型」「新規開発型」の3類型ごとに契約交渉時の留意事項を示しています。本記事が挙げた「秘密情報入力の許否」「学習利用のオプトアウト」「生成物の著作権侵害リスクと検品責任」を事前に合意すべきという整理は、この文書に対応します。

  2. 生成AIの利用ガイドライン/生成AI開発契約ガイドライン 一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)資料室。利用ガイドラインは第1.1版。ガイドライン本体(PDF)はこの資料室ページからダウンロードします。本記事が参照したのは、秘密情報の入力管理(社内規定の策定、法人プラン・商用 API 利用の義務付け)と、納品物の最終品質保証を人間が行うプロセスの必要性の2点です。

  3. Enterprise privacy at OpenAI OpenAI。API・ChatGPT Enterprise・ChatGPT Team などの商用利用では顧客のプロンプトと出力を既定でモデルの学習に使用しないこと、既定では不正・悪用監視のため最大30日間ログを保持すること、エンタープライズ契約または審査を通った特定エンドポイントで Zero Data Retention が適用されることが、同ページの各節に記載されています。参照時点は2026年8月19日(規約は改定されるため、利用前に最新版を確認してください)。 2

  4. GitHub Copilot Trust Center GitHub。Business / Enterprise プランではプロンプト・提案データをモデルの学習に利用しないこと、IDE のコード補完・チャットでは処理後にデータを即時破棄すること(Zero Data Retention)が記載されています。個人プランが既定では学習利用の対象であり、オプトアウト設定を要する点も同ページに示されています。参照時点は2026年8月19日。

  5. Cursor Security & Privacy Anysphere。Privacy Mode(Enterprise は既定で有効)を有効にすると Cursor サーバーおよび連携するモデルプロバイダでのモデル学習が禁止されること、モデルプロバイダとの間で Zero Data Retention 契約を締結していることが記載されています。独自の API キーを使う場合は該当プロバイダの商用プライバシー規約が適用される点も同ページにあります。参照時点は2026年8月19日。

  6. OpenAI Business Terms OpenAI。商用契約に組み込まれるデータ処理追補条項(DPA)と、商用利用における権利義務の定めが該当します。参照時点は2026年8月19日。

  7. Commercial Terms of Service Anthropic。Claude API および Claude for Work(Team / Enterprise)において顧客の入力データをモデル学習に使用しないこと、データ保持がサービス提供に必要な最小限であること、不正利用・規約違反が検出された場合に限り調査目的で一定期間保管されることが該当します。Claude Code の通信も Claude API 経由のため同じ規定が適用されます。参照時点は2026年8月19日。