答えがない難しさ

6月9日〜10日はピアノコンクール課題曲公開レッスンとスタジオレッスンで大阪へ行ってきました。

ピアノコンクール課題曲公開レッスンに対する概念について講師を務められた先生が解説なさっておられました。
「最低限守ってほしいルールを伝えている。」と。
自分だけの価値観で臨むことはどこかで何かを見逃してしまっている恐れがあることや
行き詰まったときに何かヒントとなるものが得られるのではないか、ということで毎回参加しています。
その他にも過去の事例から、
『同じ曲名だけど別の作曲家で全く異なる作品』というものがステージで演奏されたという事実があるため、
生徒に弾かせる曲が本当に間違っていないのかを確かめる手立てとしても参加するようにしています。

演奏に点数をつけることは本当に難しい作業だと思います。
たった1つの、簡単な曲でさえ、プロですら解釈により演奏方法が変わってしまうものに対して
何をもって点数を上げ下げされるのか?
『〜が出来れば1点加算』『〜を忘れたから1点減点』といったものではないわけで、
割と曖昧な部分が含まれているように思うこともよくあります。
ただ、上位入賞者については8割〜9割の人々が納得する演奏を披露できた結果ではないかということだけはわかります。
聴く人を納得させるための演奏をするためにはどこに焦点を当てれば良いのか?
生徒側と指導側では音楽と向き合ってきた時間やこれまで生きてきた時間が違うのですから
共通で認識している言葉1つを取り上げても実は伝わっている内容が違う可能性も否定できません。
それらを踏まえた上で答えのない問題に取り掛かることはとても難しいと感じます。
ほんの些細なことについて、たった1つの音についてこだわりを感じたり、
すでに12平均律を用いて音程が定められているピアノという楽器でも音を作られることに意識を持っていくことや
たった1小節のフレーズでも弾き方や音の終わり方を考えることなどに練習を割くことで
『楽譜をなぞるような弾き方』とは違った世界観を聴く人に与えられるのかもしれません。

私自身の経験を踏まえて何かを伝えるとするならば、
やるべきことはすべてやり終えた上で、これ以上はどうしようもない…と思った後から
さらに追求して練習を重ねられたときほど、良い結果が生まれる可能性が極めて高いということです。
本当に頭がどうにかおかしくなりそうな感じの練習の繰り返しですが、
質の良い練習を積むことは本番での手助けとなるのです。

今年は約10日後にピアノコンクール全国大会、
7月と9月に今年度のピアノコンクールの予選が続きます。
日頃の努力が報われる日を心待ちに、本番までは厳しくありたいです。